25歳から始まった一人暮らし8年、そのうち2年以上は床が見えていなかった。
これは「どうやってその状態から抜け出したか」の話で、結論から言うと、完全には抜け出してない。今も「まあこれで十分」な状態を維持しているだけで、雑誌に載るような部屋にはなっていない。それでも、床が見えていなかった頃より確実にマシになった。
この記事でわかること:
- 汚部屋だった頃の状態(どのくらいひどかったか)
- シンプルライフを目指して3回挫折した経緯
- 「まあこれで十分」に落ち着くまでの転換点
- 今の部屋が実際どういう状態か

汚部屋だった頃——どのくらいひどかったか
「汚部屋」という言葉、人によって基準が全然違うと思う。私が経験したのは、床に布類と書類が積み重なって、足の踏み場を探しながら歩くやつ。テーブルの上は常にモノで埋まっていて、鍋を置く場所がないからコンビニ弁当ばかり食べてた時期もあった。
別に意志力が弱いとか、だらしないとかじゃなかった(と思う)。ただ、仕事から帰ったら疲れていて、「片付けなきゃ」と思いながら横になって、気づいたら寝てた——というのが3年間続いた。
特に25〜27歳のフルタイム+残業が常態化してた時期が一番ひどかった。そこから少しずつ変わっていくんだけど、変化のきっかけは「シンプルライフ」への憧れだった。
「シンプルライフ」に憧れた時期と、うまくいかなかった理由
ミニマリスト系ブログを読みまくった
28歳くらいの頃、インスタやブログで「ミニマリスト」「シンプリスト」の暮らしを見るのにハマった時期があった。物が少なくて、きれいな部屋の写真が好きで、「こういう暮らしがしたいな」と素直に思ってた。
なんというか、ああいう部屋を見ると「これさえできれば人生うまくいきそう」みたいな感覚になるんだよね。今思うと、部屋の問題を解決したかったというより、なんか別のことに疲れてた時期に「片付いた部屋」というイメージに救いを求めてたのかもしれない。
3回試みて3回挫折した
1回目(26歳): ミニマリストブログを読んで感化し、週末に片付けを開始。ゴミ袋5袋分捨てた。すっきりした感覚があったが、翌週には元に戻っていた。「物を捨てたのに部屋が変わらない」という謎の虚無感。
2回目(28歳): 収納グッズを買い込んで「仕組みを作ろう」と試みた。ニトリとセリアで5,000円くらい使った。グッズを買ったことで「片付け完了」みたいな達成感になって、グッズの置き場所もなんとなく決まらないまま、グッズ自体がそのへんに放置された。
3回目(30歳): YouTubeで「断捨離100個チャレンジ」みたいな動画を見て試みた。100個捨てる→部屋を整える、という計画。数えながら捨てたら意外と楽しくて、100個超えたけど、やっぱり根本的に何かが変わった感じがしなかった。
毎回失敗するたびに思ってたのが「なんで続かないんだろう」ということ。意志力の問題か、やり方の問題か、そもそも私には向いてないのか——と3年くらい考えてた。
転機——「美しい部屋」をやめて「管理できる部屋」を目指した
31歳の春、少し時間ができたタイミングで4回目の片付けをした。このときから意識が変わったのが「目標を下げた」こと。
ミニマリストの部屋みたいに美しくしようとするのをやめた。代わりに「私が週1の掃除で維持できる状態にする」だけを目標にした。
「維持できる」というのが大事で、たとえば床にモノを置かないというルールは私には無理だとわかってた。でも「床の70%は常に歩けるようにする」なら、なんとかなりそうな気がした。実際今もそのレベルを基準にしてる。
そのとき捨てたのはゴミ袋15袋分(重さや量でいうと過去3回の合計より多かった)。引越し業者に依頼するほどじゃなかったけど、それなりの量だった。捨てながら「なんでこんなに持ってたんだろう」と思ったものがたくさんあった。特に服と書類と「いつか使うかも」な謎の袋類。
捨てる基準も変えた。「これは本当に必要か」ではなく「これを管理したいか」という問いにした。「管理したくないものは持たない」の方が私には判断しやすかった。

4回目の片付けから1年後の今は、部屋が「床の70%見える状態」を維持できている。完全に片付いてるわけじゃないけど、人を呼べないほどの状態でもなくなった。週1の掃除が苦痛ではなくなった。それで十分だと思ってる。
ちなみに、ものの管理について参考にしたのが「使用頻度で収納場所を決める」という考え方。消費者庁の暮らしに関する情報でも「整理整頓は使いやすさを基準に」というアドバイスが参考になった。難しい話ではなくて「よく使うものは取り出しやすい場所に、使わないものは奥に」というだけ。これだけで、しまう・出すのストレスがだいぶ減った。
モチベーション維持という点では、環境省の「省エネ型ライフスタイル」の情報も参考になる部分があった。物を減らすことは環境への負荷を下げることにもつながるという話で、「ずぼら生活が実はエコ」という解釈をして自分を納得させたりした。
今の部屋はどうなっているか
正確に言うと「まあこれで十分」な状態というのは、こういうこと:
- 床はだいたい歩ける(100%じゃなくていい)
- テーブルの上は1日1回片付ければ平らになる
- 週末30分の掃除で一巡できる
ミニマリストからすると「まだ多い」と言われると思う。でもそれでいい。私の目標は「美しい部屋」じゃなくて「生活できる部屋を維持する」だから。
今も汚れてくることはある。仕事が忙しい週は荷物が床に直置きになる。残業が続くと洗濯物がソファに溜まる。書類が机に積み重なる。
そういうときに以前と違うのは、「散らかった」という事実に対してパニックにならなくなったこと。「あ、今週は忙しかったから散らかってるんだな」と見えて、週末に30分かけて戻す——という動きができるようになった。それでも2〜3日で元に戻せる——という「戻せる状態」を保てているのが、以前との一番の違いだと思う。
以前は散らかったら「もういいや」とそのまま放置していた。今は「ちょっと戻すか」という気分になれる。この差はかなり大きくて、部屋の状態がどうかというより、自分の気持ちの問題なんだと思う。
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まとめ——「まあこれで十分」に落ち着くまで
3回挫折した理由を今になって考えると、目標が高すぎたんだと思う。「シンプルライフ」というイメージにあこがれて、「それに近づかなきゃ」というプレッシャーで動いてたから続かなかった。
4回目に変わったのは「私が維持できるレベルを目標にした」こと。それだけで、続くようになった。
汚部屋から全部解決したわけじゃない。でも今の部屋は「まあこれで十分」だと思えてる。それが私の着地点で、そこにたどり着くのに8年かかったけど、別に急がなくてよかったのかもなと今は思っている。
どこまで片付けるかは人によって違う。比べなくていいし、誰かの基準に合わせなくていい。「自分が維持できる状態」を目指すだけで、まあなんとかなる。
ちょっと補足:挫折3回を振り返って気づいたこと
あとになって思うと、1〜3回目の挫折は全部同じパターンだった。
「きれいにしなきゃ」という義務感から始まって、どこかの段階で「これ自分には無理」という感覚になって止まる。止まったあとは、しばらく片付けについて考えるのも嫌になる——という繰り返し。
義務感から始めるから続かない、というのが今の理解。4回目に変えたのは、スタートの動機だった。「きれいな部屋にしなきゃ」ではなく「このまま5年後も同じ状態なのは嫌だな」という、ネガティブな動機から始めた。正論じゃないけど、そっちの方が自分には効いた。
「何が嫌か」から逆算して行動する、というのはずぼらな性格に合ってたのかもしれない。
「片付けられない」は性格の問題じゃないかもしれない
3回挫折していた頃は「自分が片付けられない性格だから仕方ない」と思ってた。でも今は違う考えを持っている。
片付けが続かなかった本当の理由は、物が多すぎたことと、「維持できないレベルの整頓状態」を目標にしていたことだと思う。物を一定量以下に減らして、低いレベルを目標にしたら、それだけで変わった。意志力とか性格とかはあまり関係なかった。
ただ、これは私の場合の話で、片付けが苦手な理由は人それぞれだと思う。ただ「努力が足りない」だけじゃない可能性も十分ある、ということは言いたかった。
仕組みや環境を変えることで、意志力に頼らずにある程度解決できることはある。そこに気づいてから、自分を責めるのを少しやめることができた。それだけで、次の一手を考える余裕が出てきた気がする。


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